しっとりと
という言葉どおり派手な演出は特にありませんが、ご参加の皆様それぞれ違った「気持ち」を大切にされた時間となったと感じております。
3年連続のご参加の方も、今年初めてご参加頂いた方も、チェックインから早々と場に馴染んでいただいたように感じています。
3年目で若杉屋さんへの親しみも深まり、主催者でありながら参加者のひとりとしての「いまここ」の感覚を存分にとらえた3日間となりました。
若杉屋のスタッフの皆様、ガイドの皆様、そして何よりご参加いただいた皆様にたくさん甘えさせていただきました。
ご参加アンケートにご回答いただいたなかに
違和感
についてのコメントがありました。
この違和感をストレートに表明いただくことこそが大切だと考えております。主催者としてご意見に真摯に向き合い、次回の開催に生かしてまいりたいと思います。
このコメントを拝見し自身が3日間で感じていた事がリンクしました。
日々の生活の中で私たちは違和感について表明ができない場面が多いのではないか、と思います。
「いいね」を集めることに懸命になることで
「よくないね」意見がが無視されがちではないか
逆に「よくないね」と思われる状況が過剰に攻撃されてしまったり
そんな風潮をなんとなく受け流し許してしまっているのではないか、と感じています。
「いいね」「よくないね」の間には多様な感覚が存在します。
多様な感覚を持つこと自体は自由なのに「いいね」により添えない自身を否定することになったり、そこにある複雑な感情を表明できずストレスを抱えたり、見えない圧力に屈したり、はたまた圧力を作り出したり、変化することをあきらめてしまったり、、、私自身が経験者であるだけに状況を想像すると息苦しくなってきます。
情報があふれる時代となり、多くの方が気軽に自己表現できる機会も増えました。
多様な表現が表出されるようになった一方で同時に分断も起こっているように感じます。
これが正解
これは不正解
アリ/ナシ
勝ち組と負け組
分かれ目が広がっています。
不正解でナシで負けの状態が排除されがちな社会になっていないか、そんな不寛容な社会を無意識のうちに私達が作っていないか、とこの3日間で振り返りました。
自身が多様な感覚をもつ一人であることに気づき続ける練習、そして周囲の人もまさに同様であるということに気づく練習、私の場合はヨガやマインドフルネスの実践がそのツールとなっています。
リトリートは普段慣れからやり過ごしてしまう感情、特に違和感について立ち止まって考えさせられる場となります。
タイミングについてもしかり
チャンスの神様には前髪しかない
言い古された言葉なのですが、まずは目の前の現象が自分にとって好機であると気づける姿勢が必要になります。
逆に周囲からみたら好機にみえても、自分にとってはそうではない、しばらく待ちだな。。。という状況ももちろんあるはず。
自身の選択で止まる、見極める、待っている、ことが許容される環境が広がると素敵だなぁ、と思います。
予想以上にとりとめのない感想となってしまいました。いま言葉で表現できることはここまでなんだなぁ、、、あとはこれからの行動で表現していこう、そんな自己認識と決意をとらえ、言葉にしてみました。
改めまして、
この3日間を一緒に創造してくださった皆様ありがとうございました。
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